大判例

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東京高等裁判所 昭和39年(う)2487号 判決

裁告人 山崎倉吉

〔抄 録〕

弁護人の控訴趣意について

所論は先ず、原判決には重大な事実の誤認があり、且つ本件の場合違法阻却事由が存在するのにこれを看過した点で、法令の解釈、適用の誤りがあり、いずれの点よりするも判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄されるべきであるといい、原判決の罪となるべき事実の認定は、鉄道公安職員(松本弘)の証言に依存しているが、同証人の証言は他の公安職員或いは弁護側の証言と比較すれば、信用に値しないことは明らかであり、原判決の証拠の評価は誤つている。本件においては、相手方(松本弘)の身体に対する暴力行為は存在しないから如何なる意味からも犯罪は成立しないし、当時の具体的情況から非難されるべき点は存在しないのである。鉄道公安職員らの証言は、互に矛盾し信憑性を欠いており、そのような証言のみに依存した原判決は誤つており、原判決の罪となるべき事実の如きは、鉄道公安職員松本宇作同松本弘らの作り上げた仮空の事実である。被告人の本件所為は、その目的、手段において正当であつて何ら違法と目されるべき点はなく、違法性を阻却されるべきであるのに、原判決がこの点に関する判断を示さなかつたのは判断の遺脱であるというのである。

しかしながら、原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示犯罪事実はその証明があるとするに十分であり、所論に徴し記録を精査し且つ当審における事実取調の結果を斛酌しても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるものとは認められず、原判決には証拠の評価を誤つている点はなく、原判決の証拠判断に対する所論の非難の如きは、事実審の証拠の取捨選択の作用に対する独自の見地よりする論難に過ぎず、また、原判決は「公労法第十七条第一項の規定が合憲有効なものであることは最高裁判所判決(昭和三十八年三月十五日第二小法廷言渡)理由中に確認されているとおりであり、右規定が直ちに労組法第一条第二項の刑事免責の規定まで排除する趣旨かどうかについては或いは解釈上論議の余地がなお残されているかも知れないが、(仮りに刑事免責の規定を排除すべきではないということを前提としても、)被告人の本件所為は正常な争議行為の範囲を逸脱した行過ぎの行動中に発生したものであるから、労組法第一条第二項に規定する団体行為の正当なものとして刑事免責を主張し得べき限りではない。」という趣旨の判断をしており、本件所為について違法性阻却の事由のないことを判断していることが認められるのであるから、その点に関する判断を欠いているという主張もまた理由がないというべきである。

所論は、被害者側である鉄道公安職員らの証言の矛盾、撞着する点を捉え、原判決はこれら証言を罪証に供することにより事実を誤認したものと詳細に論じているが、証人間における証言に部分的の相違、矛盾する箇処の存在することは日常の現象であり、本件においても公安職員側の証言間にそれがあることは認められるが、それだけで各証言を全部信用し得ないと断ずべきものではなく、要は各証言を比較検討した上信用できると認められる部分を綜合して事実を認定すればよいのであつて、本件において原審がその作業を誤り事理経験の法則に悖つた廉があるものとは認められない。

而して、所論は例えば被害者側の各証言の矛盾、撞着の例として、久野勇、松本弘、森山晴雄らの証言を挙げ、何人が先ず機関車に上ろうとしたかという点、また、その前後の事情について矛盾、撞着があるというのであるが、各証言を仔細に検討すると、久野は先ず最初に機関車にとりついたが組合員にひつぱられて果さず、組合員らとの接触によつて帽子を見失い、それを探しているうちに松本弘が第一回目の機関車乗込みと被告人との談判をしたものと認められ、そのとき同人の背後には森山晴雄も従つており、松本と共に被告人らに対し下車を要求したのであるが、松本としては当時の緊迫、喧騒の雰囲気の下において、自分の背後に森山が従つていたか否かに気をくばる余裕がなかつたため、同人としては自分一人だけが機関車に乗り込んだと述べているのであり、また、松本、森山の両名共右雰囲気の下において、各自分が最初に被告人らに対し下車を要求したと思うと証言をしたものであると認められ、これらの証言の相違点の如きは、いずれも右証人らが殊更虚偽の証言をしている証左であるとは認むべくもなく、同人らの証言の信憑性を奪うものとはいえないのである。また、例えば所論は、被告人は公安職員が降りたら自分も降りるというような了解を与えたことはない、松本弘は被告人との約束を守れるような説得を他の公安職員に行うことができないので、前言を飜えして再度機関車に上る行動を起したものと認められるというが、所論引用の青木実蔵の証言によると「降りた公安官が周りの人に何人がその趣旨を、話を私達上で見ていたんですが、したんです。そしたらその外側にいた公安官がその約束が違うとか、あるいはお前達も降りろということでステツプへ上つて来たわけです。」というのであり、「約束が違うといわれた」ということは、公安職員が降りたら被告人も降りるという話があつたことを窺わせるものというべきであり、この点につき右証人は「公安職員(松本弘)がその点について話の受取り方が違えたのかな、あるいは故意にそういう形で伝えたのかなというような印象を得た。」と証言しているが首肯し得ず、却つて公安職員松本宇作の「松本弘が一旦話がついたといつて降りて来て、それから話が違う、嘘をつかれたといつたので再度機関車に上れと命令した。」という証言を考え合わすと、原判決の認定が事実に吻合するものと認められるのである。或いは所論は、被告人が床をロツキングハンドルをもつて叩いたのは、機関室に上つて来た公安職員を脅迫するためではなく、松本弘らに対する抗議と注意喚起のためであるとか、組合員や当局側の係員との間におけるもみ合いや怪我の発生を防止するため、指揮者として相当且つ已むを得ない行為であるなどというのであり、被告人は原審公判廷において「もう話がついているんだから静かにしろということを徹底させたかつたわけです、ですからそういうために注意をひいて少しでも話の糸口といいますか、こういうふうになつているんだということを再度話したかつたので、床にロツキングハンドルを叩き下ろした。」といつているが、そのような目的だけで十数キロもある鉄製のロツキングハンドルをわざわざ取り下ろし床を叩いたなどということは、その場の情況や前後の事情に照らし不自然な行動であるというべきであり、ひつきよう、被告人がロツキングハンドルで床を叩いたということが脅迫の意味を含まないという所論は理由がなく、その他被告人が暴行の意思でロツキングハンドルを松本弘に対し突き出したという点も、証拠からいえば原判決の示すとおりであると認めざるを得ないというべきである。事実誤認の主張は理由がない。

次に、所論は、原判決は労働組合法第一条第二項及び刑法第三十五条の解釈適用を誤り、右誤は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れないといい、原判決が本件行為を労組法第一条第二項の正当な行為と認めなかつたのは、労働法第一条第二項刑法第三十五条の解釈を誤り、更に事実の認定を誤つたものであるというのである。

しかしながら、原判決は本件所為は争議行為が違法でないとした場合でも、被告人のなした暴行脅迫の有無に拘らず、既に正常な争議行為としての範囲を逸脱し行き過ぎているから、その点で労組法第一条第二項所定の免責規定の適用は受け得ず、いわんや、被告人の暴行、脅迫はその行き過ぎの行動中に行われたものであつて許されることのない所為であるとし、公労法第十七条違反の所為について労組法第一条第二項の免責規定の適用があるものとしても、被告人の所為が免責される理由はないということを宣明しているのである。ところで、最高裁判所は既に昭和三十八年三月十五日「公労法第十七条第一項によれば、公共企業体等の職員は、同盟罷業、怠業その他業務の正常な運営を阻害する一切の行為をすることができないと規定されている。そして国家の経済と国民の福祉に対する公共企業体等の企業の重要性にかんがみ、その職員が一般の勤労者と違つて右のような争議行為禁止の制限を受けても、これが憲法第二十八条に違反するものでないことは、すでに当裁判所の判例の趣旨とするところである。かように公共企業体等の職員は争議行為を禁止され、争議権自体を否定されている以上、その争議行為について、正当性の限界如何を論ずる余地はなく、したがつて労働組合法第一条第二項の適用はないものと解するのが相当である。」旨の判決をしているのであつて、この判決の趣旨は当裁判所の左袒するところであり、所論に拘らずこの判決の趣旨は維持されるべく、この判決の趣旨に従つて本件は律せられるべきものであると思料するのである。而して、この判決の趣旨に準拠すれば、本件は公企法第十七条違反の違法な争議であるというだけではなく、労組法第一条第二項の適用をされないから、本件組合員らの水戸駅構内における集団的行動は正常な争議行為としての法の保護を受け得ず、被告人ら組合員は駅管理者の拒否に拘らず違法に駅構内にいることになるから、鉄道営業法第三十七条にいわゆる「停車場其の他鉄道地内に妄に立入りたる者」というに該当し、同法第四十二条により鉄道係員のため退去させられるべき筋合であり、それ故本件において鉄道係員たる鉄道公安職員が管理者の命の下に被告人らを列車の周辺及び機関車内から退去させようとして行動したことは右法の規定に副うものとして是認されるべきであり、この鉄道公安職員の職務執行は正当な公務であるから、これに対してなされた被告人の原判示暴行、脅迫の所為は、刑法の公務執行妨害罪を構成するという結論が招来される筈であり、その間被告人の所為は違法性を阻却すると認むべき事由は発見されないから、被告人は有罪たることを免れ得ないと結論せざるを得ないというべきである。所論は、右最高裁判所の判例は拘束力をもたないと種々論ずるが、当裁判所はその見解には賛同し得ず、原判決は公企法第十七条の違反が直ちに労組法第一条第二項の刑事免責の規定まで排除することとなるか否かという点について懐疑的口吻を洩らしているが、結局本件については労組法第一条第二項の適用はないと判断した点において、右判例に準拠した判断と結論を同じくするのであるから、原判決の法令解釈には判決に影響を及ぼすべき違法は存在しないといわざるを得ない。なお、所論は労組法第一条第二項の適用が否定された場合でも、刑法第三十五条の(直接的)適用を否定することはできない。本件行為の目的、手段等諸般の事情に照らすと、本件については刑法第三十五条に照らし違法性を阻却する事由があると認むべきであると論ずるのであるが、労組法第一条第二項の規定は、同条第一項の目的達成のためにした正当な行為についてのみ、刑法第三十五条の適用を認めたに過ぎず、勤労者の団体交渉においても、刑法所定の暴行罪又は脅迫罪にあたる行為が行われた場合にまで、その適用があることを定めたものではない(最高裁判所昭和二十四年五月十八日大法廷判決、昭和三十二年四月二十五日第一小法廷判決参照)のであつて、換言すれば、労働争議においてその用いられる手段たる行為が社会通念に照らし正常を逸している場合には、刑法第三十五条の適用という保護は得られないということを示しているのが、右労組法第一条第二項の趣旨であり、本件においては、原判決は本件争議行為が公企法第十七条違反という廉により労組法第一条第二項の保護は受けられない場合であるといわなくても、社会通念に照らし正常を逸しているが故に同条項の保護、すなわち刑法第三十五条の適用を受け得ない場合であると判断しているのであり、この判断は是認し得べきであるから、被告人の所為について刑法第三十五条により行為の正当性を論ずる余地はなく、その他違法性阻却の事由があることは認め得ないから、原判決には叙上の点につき法の解釈を誤つた違法は存在しないというべきである。もつとも、この点につき公企法第十七条違反の争議行為は、そのままで直ちに犯罪行為となるものではなく、それが犯罪となるためには特定の犯罪構成要件に該当するか否かによつて決定されるべきもので、その場合に刑法第三十六条第三十七条の適用があり得るというのと等しく同法第三十五条の適用のある場合もあるということは否定し得ないが、これは労組法第一条第二項の規定とは直接の関係はなく、原判決としてはこの意味における違法阻却事由も存在しないと判断したことは明白であるといわなければならない。結局、原判決が弁護人の労組法第一条第二項の規定が不当であり訓示規定であるという主張を斥けたのは固より相当であるといわなければならない。

次に所論は、原判決が「争議行為の具有する戦闘的本質についても法的に自らなる限度が存するのであつて、右限度を超え暴力の行使に及んでいる本件所為につき無罪を主張する所論は採用することができない。」と判示した点を攻撃し、憲法によつて争議権を認める以上、その戦闘性を承認しなければならない。本件の如きは未だ暴行、脅迫という反価値評価をなすべきに足らないと認めて無罪を言い渡すのが当然であると主張するのであるが、憲法において争議権が認められているといつても、それは整然たる経済闘争を予定しているわけであり、犯罪の構成要件を充足すると認められる如き暴力の行使を法の認める争議手段として行使することは許されないということを原則とするということは合理的であるといわなければならない。労働争議なるが故に、その闘争的性格に鑑み、多少の暴力的所為は許さるべきものであるという考は、それは正に労組法第一条第二項において禁遏されているところであり、そのような見解は労働争議の過去の歴史にとらわれ、労働関係の進化、進展ということを顧みない考方で、労働関係といえばいつでも流血を伴うのが当然であるというような旧い考方であるといわなければならない。惟うに、暴力はそれが集団のそれである場合において最も無慈悲に且つ強烈に発揮され、暴徒の暴力に転化し易い要素を含むとみるとき、労働争議の場合における団体的、集団行動において暴力という手段まで獲得しようという要請は厳格に拒否されるべきである。そもそも、労使間の紛争を処理する手段を争議行為という力の桔抗に求めるという時代が将来長く続くべきでないということを考えるべきときにおいて益々そうであるといわなければならない。所論は理由がないというべきである。

次に所論は、原判決は本件において鉄道公安職員松本弘の公務執行の適法性について法令の解釈適用を誤り、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるといい、原判決が「判示の如く高野機関士らが既に指定の乗務に服し機関車を運転して水戸機関区車庫から水戸駅上り一番ホームに到り、右機関車等の二五〇列車への連絡及び発車準備を完了し、構内信号も進行を指示する青色灯に変つていた際、右二五〇列車の発車を遅延させる目的で、所定の乗車証をも所持しないで同機関車内に乗り込み、又水戸駅長の退去命令にも従わないで、他の労組員と共に右機関士等に対する説得行為をなしていたものであつて、斯の様な行為は、例えば病院における争議中、争議行為に参加していない医師その他の従業員が手術を執行すべく手術室内に入り諸般の準備を終つてまさに手術に取りかかろうとする際、争議行為に参加している他の医師或は従業員等がこれを阻止するため右手術室内に立入り説得行為をなすのと実質的に相通ずる点があるものというべく、たとえ右説得行為が暴力威迫等を伴わない場合であつても争議行為としては行過ぎであるのみならず、さらに前記認定の如く労組員が大挙して二五〇列車の機関車附近に集つて気勢を挙げている中で、被告人がその機関車に乗り込み労組員の松崎、会田らと共に機関士等に対し発車を阻止すべく約一時間に亘り交々説得行為をなし、駅長等の制止にも従わなかつたこと」は、少くとも鉄道営業法第四十二条第一項第四号の「其の他車内に於ける秩序を紊るの所為ありたるとき」に該当するから、公安職員らは実力によつて被告人を車外に退去させ得る法律的根拠を有する旨判示したことに対し、本件の如き鉄道乗務員に対する職場放棄の説得と手術に臨もうとする医師達への手術中止の説得とを同列に論ずることは失当も甚しいといわなければならないと論ずるのである。如何にも、原判決の比喩は必らずしも適切なものではないが、しかしその叙述する如き組合員の行動がある以上、それは通常の争議行為の場合でも行過ぎであるという原判決の判断はこれを肯認し得べきであるから、それは正常の争議行為として免責行為の保護を受け得ないことは原判決のいうとおりであり、被告人らの行為が原判決のいう威力業務妨害罪の構成要件を充足するか否かはさておき、それら組合員の所為は鉄道営業法に定められた違反行為として鉄道係員に退去させられる理由を提供するものといわなければならない。

所論は、本件機関車の乗務員らは暗黙裡に被告人らの列車運転遅延の目的に協力的態度をとつたなどといつているが、高野茂信(機関士)の原審における証言によると、組合員の団体行動で列車が発進できない状態が作られたことが観取でき、暗黙裡に協力的態度をとつたなどとはいい得ないというべく、また、原判決は以上の被告人ら組合員の水戸駅構内における行動につき、それは鉄道営業法第三十七条に該当するか否かということについては明確な判断をしないで、それは少くとも同法第四十二条第一項第四号の「その他車内における秩序を紊るの所為ありたるとき」というに該当するとし、その故をもつて鉄道係員に退去させられるのであると説明しているが、この点については検察官所論の如く、被告人らの所為は同法第三十七条にいう「停車場その他鉄道地内に妄に立入りたる者」に該当すると解するのを相当とし、その故をもつて同法第四十二条第一項第三号に基づいて鉄道係員により退去させられることとなるといわなければならない。果して然らば、この点において原判決は法令の適用を誤つていると認むべきであるが、しかしながら以上いずれの場合でも、第四十二条によつて鉄道係員に退去させられることは変りはないから、鉄道係員(本件では鉄道公安職員)に被告人らを退去させる権限があると認めた原判決は、その結論において正当であつて、右法令の適用の誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいい得ないのである。

次に所論は、(イ) 鉄道公安職員が右営業法にいわゆる「鉄道係員」に含まれるか否か、(ロ) 同法第四十二条に「退去せしむることを得」と定めているのは法的に如何なる性質、内容の権限を鉄道係員に付与したと解し得るのか、(ハ) 仮に同条が退去強制の権限を付与したものとして、その手続は法的に如何に執行されるべきなのか、(ニ) その執行の対象として同条が掲げる「旅客及び公衆」のなかに、労使関係における労働者ないし労働組合員としての鉄道職員が含まれるか否かについて、原判決は厳正且つ説得的な判断を示していないといつて非難するのであるが、如何にも鉄道営業法は古い法律で、鉄道公安職員は右法律成立当時には存在しなかつた職種ではあるが、それは同法第四十二条の鉄道係員というに含まれないなどと解すべき根拠は存在しないので、原判決もその趣旨で特にその点について詳言をしなかつたものであると認められ、同法第四十二条の「退去せしむることを得」という場合、退去強制の権限を付与されたものとしてその手続が法定されていないとしても、少くとも退去を要求し応じないときは必要にして且つ最少限度の実力行使をし得る趣旨であることは極めて明らかであるから、特にこの点につき格段の判断を示し又は警察官職務執行法第五条第六条との関連について詳細に説明を加えるまでの必要はないわけであり、また、本件における組合員らの水戸駅構内における行動は、違法な争議行為であるが故に、労組法第一条第二項の保護を得けないことは前段説明のとおりであり、それは鉄道営業法第三十七条の違反罪を構成しており、組合員らは正当な鉄道職員たる資格において行動しているものとは認め難く、職務と関係のない行動に従事していたのであるから、同法第四十二条の「旅客又は公衆」というに該当すると解すべきものであるところ、原判決は特にこの点について判断をしていないが、その趣旨であることは同法条を適用している点から十分窺われるというべきであるから、右非難は当らないというべきである。これを要するに、弁護人の控訴趣意に基づき原判決を破棄すべき事由は見当らない。各論旨は理由がない。

検察官の控訴趣意について

所論は、原判決の被告人に対する刑の量定は著しく軽きに失するといい、その理由として本件事犯の態様、国鉄の業務に与えた阻害の程度、社会に与えた影響、被告人の立場等に鑑みると、事案は軽微ではなく、原判決は被告人の本件説得行為の違法性認識の点において皮相的な甘い判断をしている点において誤つている。被告人には反省の色がなく、且つ同種の国鉄運転妨害に関する公務執行妨害罪の科刑と比較しても、本件科刑は軽きに失する等の主張をしているのである。

よつて按ずるに、本件は公共企業体等労働関係法第十七条の定めに背反する国鉄職員の違法な争議行為を背景としており、被告人ら国鉄動力車労組員は大挙して国鉄の正常な運営を阻害しようとして、管理者の拒否に拘らず水戸駅構内を占拠し、列車を取り囲んでその発進を妨げ且つ機関車に乗り込んで乗務員の拒否にも拘らず執拗に乗務拒否の説得をし、そのため乗務員をして列車を運転することを不可能ならしめ、結局列車の発進を一時間以上も遅延させ、国鉄の業務の正常な遂行を阻害しもつて公共の利益を害すべき行為をしたものであるところ、被告人は右争議行為においては、約百人の労組員で構成された第二機動隊の責任者として指導的地位にあつた者であるに拘らず、争議行為において禁忌たるべき原判示暴行、脅迫の所為を犯し、公務執行妨害の罪に問われるべきものであるから、その罪責を軽視し得ないことは当然であるといわなければならない。

ところで原判決は、被告人の情状に関し「被告人の当公廷における供述及びその態度並びに同人の人柄等に徴すれば、被告人は被害者松本公安職員等が排除しようとした本件説得行為の行過ぎであることを自覚せず、寧ろ日頃組合内部における指導或は話合等の影響により此の程度の説得は正当な行為であるのにこれを排除しようとする同公安職員等の行為こそ不法不当なものであると思い誤り、延いて本件のような所為に出たものであることが窺われ、若し自己の非をわきまえ公安職員等の行為が適法なことを知つていたならば敢えて本件のような所為に出たであろうとは考えられない。」と説示しているのであるが、記録に徴すれば、被告人は本件争議行為が法律上違法とされていることを十分知つていたと認むべきで、いわゆる一斉休暇闘争というものが争議行為でないと被告人が考えていたなどとは認むべくもなく、また、水戸構内における被告人ら労組員の行動についても、それが管理者より拒否されており且つ退去要求があつたにも拘らず、それらを無視し、乗務員の説得拒否の意向をも無視し、一時間にもわたつて説得と称して列車の発進を阻害したものであるから、原判決の右説示が当を得ていないことは明らかで、要するに、被告人は自分の行為が許されないものであると否とに拘らず、組合の勢威や争議行為という背景の下に、組合員の行動を指導し且つ自ら鉄道公安職員の公務執行に対し暴行、脅迫の所為を敢てしたものと認むべきで、原判決のように被告人において自分の非をわきまえ公安職員らの所為が適法なことを知つていたならば敢て本件所為に出たであろうとは考えられないなどと評価すべきではない。この点についての検察官の所論は当を得ているというべきである。而して、原判決は本件犯罪の罪質、動機、態様等について以上の説示の見解を適用して被告人に対して公務執行妨害罪の所定刑中禁錮刑を選択した上禁錮一月執行猶予一年という刑を科したのであるが、右の原判決の見解が当を得ていないと認められるということになると、原判決の科刑もおのずから当を得ていないという評価を受けなければならないのは当然であり、当裁判所としては前段説明の情状及び爾余の記録にあらわれている諸般の事情、殊に被告人が本件所為に関連し停職三月の行政処分を受けているという点も考慮した結果、被告人に対する原判決の刑は寛大に過ぎるという結論に到達せざるを得ないと認めるのである。よつて検察官の量刑不当の論旨は理由があることに帰するといわなければならない。

結局、本件においては検察官の控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条第三百八十一条により原判決を破棄した上同法四百条但書に則り当裁判所において更に裁判をなすべきものとする反面、被告人の控訴は理由がないから同法第三百九十六条により、これを棄却すべきものである。

原判決が適法に確定した事実関係(但し本件について鉄道公安職員は鉄道営業法第四十二条第一項第四号に該当する所為があるとして、被告人ら労組員を機関車外に退去させることができると解すべきではなく、同法第三十七条違反の所為に該当するとして第四十二条により退去させることができるものと解すべきであり、当時の公安職員も同様の見解で被告人らの退去を求め且つ退去させようとしたものであると訂正認定する点を除く。)につき法律を適用すると、被告人の所為は刑法第九十五条第一項に該当するので、前示犯情に鑑み所定刑中禁錮刑を選択した上被告人を禁錮三月に処すべく、但し、諸般の情状により同法第二十五条第一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担については、刑事訴訟法第百八十一条第一項本文により第一、二審共被告人に負担させることとし、主文のとおり判決する。

(久永 井波 小俣)

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